メンタル・ヘルス研究所日本生産性本部

産業人の不安と、健康を生み出すシステムを求めて−平成10年8月

財団法人 日本生産性本部(亀井正夫会長)は、企業のメンタルヘルス対策として実施したJMI健康調査(メンタルヘルス調査)の165万人を対象に、1982年度(昭和57年度)から1997年度(平成9年度)における産業人のメンタルヘルスの経年変化を集計・分析した。

調査結果の概要

産業人のメンタルヘルスは、身体健康度や精神健康度に関する尺度では大きな変化はみられない。 しかし、「心理的にも社会的にもウエルビーイング(well-being)であること」という健康の部分では、全般的に大きな低落傾向にある。  

  1. 直線的低落傾向にあるものは、職場領域に関係する「仕事の適応感」、「将来への希望(職業生活の将来性)」、「帰属意識」、「仕事の変化への意欲」や「目標遂行性」、「自発性」などの尺度である。
  2. 「探究性」、「前うつ(まじめ)」、「軽躁(活動的)」、「粘着(粘り強い)」、「自己表出」などの人の深層にある特性は、景気変動に影響されることなく漸進的に低落している。
  3. 低落傾向にはあるものの、バブル期後は踏み留まって下がらない尺度として、「同僚との関係」、「社会的責任感」、「気分の安定」、「発揚(明るさ)」、「外向性」などがある。
  4. 「抑うつ」など狭い意味での精神健康度・身体愁訴は、ほとんど時代的な変化が見られない。
  5. わずかに上昇傾向の尺度は「柔軟性」と「未来志向」などと少ない。
  6. 若者の特徴として、「不安」、「気分の安定」、「弱志(気が弱いこと)」など広い意味で自信につながる尺度が低く不安定さが見られる。 また、職場に関する尺度では、「仕事の適応感」、「帰属意識」、「仕事の正確度」などで職場不適応が顕著である。

調査結果の考察

  1. 変革が求められている時代ではあるが、「仕事上の変化への意欲」、「仕事の適応感」などで人々の意識は逆に変化を好まないものになっている。 また、今日まで日本人の特質として語られることの多かった「探究性」、「 前うつ(まじめ)」、「粘着(粘り強い)」、「軽躁(活動的)」などは薄れ、こだわりを捨て、自己表現を諦め、活動的であることを徐々にやめている姿が見られる。
  2. 男性は、「帰属意識」、「仕事の適応感」、「将来への希望」、「同僚との関係」が低下しており、生活の現場から逃げ、関わりを断つことで適応を得ようとし、一方女性は、男性ほどには職場での態度を変えることはなかった。
  3. ストレス指標としての不安や疲労度などに大きな変化は見られないが、このストレス指標の安定が 積極的な生き方を放棄することで得られたものであるならば手放しで喜べるものではない。
  4. コーピングスタイルは男女で異なり、男性は未来を見て柔軟に、女性は自律心を養い気丈に対応している。
  5. 調査からあらわれた産業人像として、組織や仕事には積極的な関わりを持たず、自己表現を諦め、活動的であることを止めており、一方、こだわるより柔軟に対応しつつ、目の前の現実より未来を志向している姿が浮かび上がる。

提言

1.深層にある意識変化の潮流に危機感を    

伝統的に日本人の「勤勉性」を支えていた、まじめに、粘り強く、活動的にふるまおうとする意識は徐々に薄れて、変化に対する逃避が見られる。 これからの社会・企業にあって、このような変化に直面して企業の生産性をどう維持するかを真剣に考える必要がある。 勤勉でまじめな我が国産業人の特質は、これからも企業活動の基盤であり、その特性を涵養する諸施策の構築が求められる。  

2.企業は経営の目指す姿と、従業員に活力を生み出すシステムの構築を    

仕事の適応感や帰属意識が下がり、職業生活の将来に対する不安がとみに増大している今こそ、経営は、従業員自身が自分たちの将来像が見えるような企業の目指す姿を提示し、そして、従業員の自発的な選択を促し活力を発揮できる人的資源管理システムを構築すべきである。  

3.労使でメンタルヘルス・マネジメントを、労組は施策実施のチェック機能を

心身ともに健康に働けることを実現することは労使の共通課題である。 精神健康に対する特別な偏見を持たずに、身体健康実現で培ったノウハウを精神健康実現への施策に生かす時である。 また、労働組合は、施策が適正に行われているかどうかをチェックする機能が期待される。  

4.職場にソーシャル・サポートシステムを

人は周囲の人々によってメンタルヘルスが支えられている。 家族同様、職場の仲間も支えのひとつである。 職場に居甲斐のもてる紐帯がある時、人々のメンタルヘルスは堅固なものとなる。 紐帯を確立する人のシステムづくりが望まれる。  

5.若者にコーピング能力を    

若者は、職場不適応や精神不安定が顕著に見られる。 また、不登校、無気力症に見られる現代若年者層の特徴が産業人にも及んでいる。 若者に意図的に学校教育を含め社会全体の中で問題対処能力を習得する機会を提供し、企業では、人材育成面での抜本的な見直しをすべきである。  

6.女性の積極活用を    

女性は逆境にあっても逃げることなく、職場での適応を下げることなく、自律的にふるまい、積極的な面をみせている。 今後、複雑化し摩擦の多くなる企業活動では、女性は産業界を支える頼りになるパートナーとして積極的に能力発揮の場を設けるべきである。