メンタル・ヘルス研究所日本生産性本部

長期休暇とメンタルヘルス

(生産性新聞2005年7月15日号)

陶淵明、陸游(りくゆう)、蘇東坡(そとうば)、王陽明、白居易など、中国の詩人たちの中には左遷されたり、辞官して都を離れ、農村で晴耕雨読の境涯を詠んだ作品を残した人が少なくない。陶淵明のように官僚としての生活に疲れ果てて、辞官して漸く人間性を取り戻したという人もいれば、蘇東坡や白居易のように左遷生活を晴耕雨読の境涯として詠むことで精神の安定を保った人もいる。王陽明のように田舎での閑居を、中央政界での復活のための充電期間にした人もいる。

現代の勤労者でも、日々の仕事の繁忙の圧力(デイリー・ハッスル)から休息を取るために、短期・長期の休暇は必要な「癒し」の時空間を提供してくれる。日本民俗学では、それはケ(日常)の労働の日々を仕切るハレ(祭り)の時空間であって、両者の往復は心の癒しのために欠かせない。休暇の癒し機能は何としてもこの「仕切り」である。とりわけ、ある程度長期の、とりわけ旅を伴う休暇は、日常の業務の中で既成観念にとらわれた頭脳を柔軟にし、日常の仕事のつながりを離れて、水平思考をするために、「問題を別の角度から見て」創造性を引き出すための時空間を提供する。

週末の休みでさえ、日曜の夜、「サザエさん」の主題歌が流れて来たら、「明日から仕事だ」というので物悲しくなるという「サザエさん症候群」というのがOLたちの流行語として語られたことがある。月曜の朝に、「ブルー・マンデー」と呼ばれて、とりわけ鬱病のなりかけが回復期には鬼門である。産業事故がとりわけ月曜に多いというデータもある。

鬱病者が休養のあと、出勤しようとして診断書をもらっているのに、いざ出勤ということになったら不安が強くなってどうしても出勤できなくなる、というのは鬱病者の健康管理の場合の厄介(やっかい)な現象である。鬱病でなくてもある程度長い、少なくとも二、三日を超える休暇の後、出勤して職場に出る際には何となく「後ろめたさ」を感じたり、休んでいる間に自分が取り残されたり、居場所がなくなっているのではないかという不安が浮かんで来るのはよくあることである。

そういう不安が生じるのは、「ハレ(祭り)の時空間からケ(日常)の時空間への着陸を前にして誰にでも起きうることだ」と納得して、「後ろめたさ」を予め除いておいた方がいい。それでも不安を感じるようなら、出勤して、職場に出ていく場面を目を閉じて想像して見るといい。その際に脈拍の増加が起きるようなら、「目を閉じて、一つ、一つと数え、鼻から息を吸って、空気の動きを感じながら吸い込み、口から送り出すように出す」、さらに「気持ちがとても落ち着いている」と繰り返す、といったリラグゼーション法を行えば、脈拍数は元に戻ることが多い。これで、「職場に戻る」ことへの不安をコーピングできる、という自信をもって、出勤に備えればいいのである。そして「旅の楽しい風」を伴って、職場に戻ることにしよう。