メンタル・ヘルス研究所日本生産性本部

ストレス時代の職場と「笑い」の科学

(生産性新聞2003年9月15日号)

競争と淘汰の激しい、みんなが目を吊り上げているような「ストレスの時代」に注目されているのが「笑いの効用」である。笑いは「百薬の長」というくらいだから、笑いや微笑み、そしてその背景にある楽しい気分が健康に良いことは経験的によく知られている。最近、それを科学的に立証しようという試みがはじまった。

例えば、私たちの身体の中で細胞が再生するとき、もとの細胞の遺伝子をコピーしなければならない。その際にミスコピーはつきもので、それがつまりガン細胞である。体の免疫系が正常に機能していれば、ミスコピーされた細胞や病原菌細胞のまわりに白血球の一種であるNK細胞(“天然殺し屋細胞”とでもいうのであろう)が集まり、これを食い殺してしまうから、発病しない。

人事異動の時期、期待した昇進ではなく左遷が発令された場合などに「がっかり盲腸」といって虫垂炎が起きるのは、ふだん無害な腸内細菌が免疫力の低下に伴い暴れ出す結果、生じるものだろう。

ガン患者に「生きがい療法」を提唱している伊丹仁郎医師は、手術後のアフターケア中のガン患者を大阪の寄席「新花月」に伴って三時間笑ってもらい、前肢の血液中のNK細胞の活性度を比較してみた。すると、NK細胞が元気になり、免疫力が向上していることが分かった。また、国際科学振興財団の「こころと遺伝子」研究プロジェクトの川井紘一医師らが、糖尿病患者に二時間退屈な講演を聞いてもらい血糖値を調べたら、血糖値が上昇していた。その翌日、今度は吉本興業から派遣された漫才師に二時間たっぷり同じ糖尿病患者を笑わせてもらったら、血糖値が正常範囲に低下していた。

血糖値がストレスによって上昇することは分かっている。ならば笑いには、インシュリンを分泌する遺伝子作用のスイッチをオンにして血糖を正常化させる作用もあるのだ。笑いは人々に難局に立ちむかう緊張を緩和し、ゆとりと活気を生む「ストレスの良薬」である。

構造改革と雇用削減、自殺者三万人の時代だからこそ、産業人に「笑い」を甦らせることが必要なのである。「この時代、おかしくもないのに笑えるか」ではあるが、人は楽しいから笑う、おかしいから笑うというものでもない。「笑う」ことが「楽しくする」という側面もある。「笑顔の表情をつくること」が「笑いに伴う生理的な反応」、つまり脳の血流増加や筋肉の緊張緩和、手指の皮膚温上昇などをもたらすことも分かっている。例えばボールペンを口にくわえるとき、縦にして口を尖らせるのと、横にして笑顔にするのとでは生理的反応がちがってくる。

職場の午後の体操時間をリラクセーション法とワッハッハとみんなで笑う「心の体操」の時間にするというのは、どうだろうか。大事なのはリーダーの心掛けだ。リーダー自らが渋面をつくり、部下を威圧してばかりいてはどうにもならない。卑下にわたらないで自分を対象とした笑いを生み出す能力は、とくに米国ではリーダーの資格の一つとされているのである。