メンタル・ヘルス研究所日本生産性本部

上向き景気と精神保健管理

(生産性新聞2004年5月25日号)

厚生労働省は、企業に対して従業員の心身の健康管理の責任を負うことを求め、心の健康対策の推進を求めることになったと報道されている。労働安全衛生法が改正され、産業保健の力点が従来の騒音、粉塵などの物理的環境から、快適職場の実現などの心身的環境へと拡大されたのは1980年代のことであった。当時、職場のストレス防止ということはしきりに叫ばれたが、その後、不況の深化と雇用削減、さらに能力主義、成果主義の全盛ということがあって企業の多くは従業員の心の問題にまで気を使う余裕がなくなった。平成10年代に入ってからは、とりわけ中高年勤労者を中心とする自殺者の増加があり、自殺防止が取り上げられるようになった。平成16年に入り景気に浮揚傾向が見え、特に製造業各社の収益は軒並み好調である。しかし、日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所のJMI調査では長いスパンで見ると従業員、とりわけ女性のストレスは好況期にむしろ上昇するという一見矛盾した結果が見える。これは繁忙による日常の負荷(デイリー・ハッスル)がもたらす影響だと考えられる。

繁忙期における問題は、残業の増加による過労や、それによる燃えつき症候群型の鬱病や心身症、自殺が浮上することであるが、1980年代と職場の風土が異なっていて、従業員の側から人員の不足や仕事の過重は言い出しにくい。しかし、逆に「仕事がたまり残業が増える」こと自体が鬱病の結果であることもある。この間に裁判所の判例や労災適用の基準が変化し、過労死や人事管理の不手際による鬱病や自殺について、管理者側の責任が追究され、高額な損害賠償や、労働安全衛生法違反による告発が相次いで見られるようになった。経営側の従業員に対する健康管理義務が認められ、それに対するネグレクト(無視)が不法行為とされるようになったのである。

「日本型」経営での護送船団方式を捨てた場合でも、心の健康管理は企業にとってサバイバル・バリューを持つようになった。訴訟や告発に対する防衛としてでも、企業はJMIのような心の健康管理システムの導入が求められるようになった。とりわけ、自殺や退職、労働能力喪失の原因としての鬱病対策が重要とされている。これには、産業医やカウンセラーの力ばかりでなく、現場の管理者の意識の変革が必要である。少なくとも管理者は部下の「うつ」の兆候に留意して対応を誤らないようにすべきで、そのための管理者教育が必要である。「うつ」の兆候としては、@欠勤が増えてきたA会議での発言が減るB残業が増えたC簡単なことも決められないD仕事の能率が落ちたE遅刻するようになったFイライラしているようだG風邪をひき易くなったH死にたいともらすことがあるI目を合わせないようにする。この10項目のうち、3項目以上に該当するようなら、単に叱責するよりも、「うつ」を疑って、じっくり話を聞いてやり、カウンセリングに回すというのが、これからの時代の管理者の心得でなければならない。